Column生成AI・LLM
技術営業のナレッジ共有|生成AIで問い合わせ5分類
Authorこの記事を書いた人

株式会社Riize Advisors 代表取締役
細倉 尚将
外資系コンサルティングファームにてM&A戦略・新規事業立案等に従事した後、株式会社Riize Advisorsを創業。コンサルタントとエンジニアのチームで、AI・システム開発を構想から実装・運用まで支援している。
顧客から「この部品、SUS304からSUS316に変えても同じ加工でいけますか」というメール。営業担当は答えに迷って技術部門に確認を頼み、返事を待つうちに一日が過ぎてしまいます。技術営業の回答が遅れたりぶれたりするのは、担当者の力量よりも、答えの材料が人と散らばった資料の中にあることが原因です。この記事では、技術的な問い合わせを5つの種類に分けて生成AIに任せる部分と人が確認する部分を示し、回答の材料を残す仕組み、下書きを作る流れ、ベテランの知識を残す工夫、効果の測り方、顧客情報と図面の扱いまでをお伝えします。
技術問い合わせの回答が遅れる・ぶれる3つの理由
中小製造業の技術営業には、仕様、材質、加工できるかどうか、納期、過去の不具合など、幅の広い質問が届きます。回答が遅れたりぶれたりする理由は、多くの場合、次の3つに分けられます。
答えが人と散らばった資料にある
仕様書は設計のフォルダ、カタログは営業の共有フォルダ、不具合報告は品質保証部の台帳、加工の可否は製造課長の頭の中、というように、答えの材料が部署と人に分かれています。どこを見れば答えがあるかを知っているのは経験の長い人だけで、若手は「誰に聞けばよいか」から探すことになります。
過去の回答が残っていない
同じような質問は、顧客を変えて何度も届きます。ところが過去の回答は個人のメールボックスの中にあり、ほかの担当者は検索できません。そのため同じ調べものを毎回やり直すことになり、担当者によって答えが少しずつ違う、という状態も起きます。回答がぶれると、顧客は「どちらが正しいのか」を確認し直さなければならず、信頼を損ねます。
技術部門への確認待ちが重なる
営業が判断できない質問は技術部門に回りますが、技術部門は設計や現場の対応を抱えています。確認の依頼が口頭やチャットでばらばらに届くと、優先順位が付けられず、急ぎの質問ほど埋もれます。技術部門の側から見ても、同じ質問に何度も答えている感覚があり、負担の割に知識が組織に残りません。
問い合わせを5種類に分け、AIと人の役割を決める
生成AIを入れる前に、届く問い合わせを種類に分けておくと、どこまでをAIの下書きに任せ、どこから人が確認するかを決めやすくなります。中小製造業の技術営業でよく届く質問は、おおむね次の5種類です。
| 種類 | 質問の例 | 生成AIに任せる部分 | 人が確認する部分 |
|---|---|---|---|
| 仕様・材質 | 寸法の許容範囲、材質の変更、表面処理の種類を聞かれます | 仕様書・カタログから該当箇所を探し、根拠付きで下書きします | 図面の版が最新か、顧客の使い方に合うかを確かめます |
| 加工可否・公差 | この形状や公差で加工できるかを聞かれます | 過去に近い加工をした事例と、その時の条件を示します | 設備と工程で本当にできるかを技術部門が判断します |
| 納期・ロット | 最小ロット、標準納期、急ぎの対応を聞かれます | 標準の条件と過去の回答例を示します | 今の生産計画と材料の在庫を見て、担当者が答えます |
| 過去のトラブル | 以前の不具合の原因や対策を聞かれます | 不具合報告と是正の記録を探し、経緯をまとめます | 顧客に出してよい内容か、表現を品質保証部が確かめます |
| 競合比較 | 他社品との違い、置き換えの可否を聞かれます | 自社の仕様と、顧客から受け取った資料の違いを並べます | 他社品についての推測を書かないよう、営業責任者が確かめます |
この表で大事なのは、どの種類でも生成AIの役割を「材料を探して、根拠付きの下書きを作る」ところまでにしている点です。加工できるかどうかや納期の約束は、設備・人・材料の今の状態に左右されるため、文書だけでは答えが決まりません。ここを生成AIに言い切らせると、もっともらしい誤りがそのまま顧客に届きます。
価格の問い合わせは、この表とは分けて扱うことをおすすめします。金額は積算のルールと過去の実績原価で決めるもので、その進め方は製造業の見積の属人化をAIと人で分ける方法で詳しく扱っています。
回答の材料を残す仕組み
生成AIが根拠付きで下書きできるかどうかは、材料がどれだけ残っているかで決まります。最初から全部を整える必要はありませんが、次の3つは早めに決めておくと効果が出やすくなります。
過去の問い合わせと回答の記録
問い合わせと回答を、1件ずつ同じ形で残します。項目は多くなくてかまいません。
- 受付日と顧客(社名は社内の顧客コードでもかまいません)
- 種類(先ほどの5種類のどれか)
- 対象の品番・材質・図面番号
- 質問の要旨と、実際に返した回答
- 回答の根拠にした資料と、確認した人
- 回答の理由の一言(後で触れます)
メールの転送で受け付けている会社なら、共有の受付アドレスを作り、回答もそこから返すだけで、記録の半分は自然に残ります。表計算ソフトでも始められますが、件数が増えたら検索しやすい仕組みに移すことを考えます。
仕様書・カタログ・不具合報告の置き場所
回答の根拠になる文書の置き場所を、種類ごとに一つに決めます。同じ仕様書の古い版が複数のフォルダに残っていると、生成AIが古い版を根拠にして答えてしまいます。最新版だけを置く場所と、旧版を保管する場所を分け、ファイル名に版と日付を入れておくと、検索の結果も人の確認も楽になります。
不具合報告は、社外に出してよい部分と社内限りの部分が混ざりやすい文書です。検索の対象にする前に、顧客に見せてよい要約の欄を設けておくと、下書きに社内限りの情報が入る心配が減ります。
回答テンプレート
種類ごとに、回答の型を作っておきます。たとえば加工可否の回答なら「結論(可・条件付きで可・不可)」「条件(公差・材質・数量)」「根拠(過去の事例や試作の記録)」「確認した部署」の順に書く、と決めておきます。型が決まっていると、生成AIの下書きも同じ形で出てくるため、確認する側が読みやすくなり、担当者ごとのぶれも減ります。
社内文書を検索して答える仕組み(RAG)の作り方そのもの、つまり読ませる文書の選び方や権限の分け方、精度の評価については、RAG導入で先に決める7項目で扱っています。
生成AIで回答の下書きを作る流れ
材料がある程度そろったら、次のような流れで下書きを作ります。
- 問い合わせを受け付け、種類を付けます。 生成AIに種類の候補を出させ、担当者が確定させる形でもかまいません。
- 社内文書と過去の回答を検索します。 品番・材質・図面番号などで絞り込み、近い過去の回答と根拠の文書を集めます。
- 根拠を示した下書きを作ります。 下書きには、どの文書のどの箇所を根拠にしたかを必ず添えさせます。根拠が示せない文は書かせないように指示します。
- 確信が持てないものは技術部門へ回します。 根拠となる文書が見つからない、過去の回答どうしが食い違う、加工可否や納期のように今の状態で答えが変わる、といった場合は、下書きに「技術部門の確認が必要」と明記させ、確認の依頼をまとめて送ります。
- 担当者が確認して返信し、記録に残します。 返した回答と根拠、確認した人を記録に追加します。これが次の問い合わせの材料になります。
この流れの要は、3と4です。生成AIは、根拠が無くても自然な文章を作れてしまいます。根拠を添えさせ、根拠が無いときは「分からない」と言わせる設計にしておくと、担当者は根拠を開いて確かめるだけで済み、確認の手間も減ります。技術部門に回す依頼も、質問の要旨・候補の根拠・営業の見立てがそろった形で届くため、技術部門が一から調べ直す必要がなくなります。
回答に続けて提案書や見積書を作る場面もあります。提案書づくりのどの工程を生成AIに任せるかは、提案書作成に生成AIを使う方法で別にまとめています。
ベテランの知識を残す3つの工夫
技術営業の知識の中で文書に残りにくいのは、「なぜそう答えたか」という理由の部分です。ベテランが退職や異動をする前から、次のような工夫で少しずつ残していきます。
回答の理由を一言残す
回答の記録に「理由」の欄を設け、一言だけ書いてもらいます。「この材質は切粉が絡みやすいので、深穴は条件付きにしています」「この顧客は屋外で使うため、表面処理を一段上げて提案しています」といった一言です。長い文章を求めると続きませんが、一言なら負担は小さく、後から読む若手にとっては回答そのものより役に立つこともあります。生成AIの下書きにも、この理由が根拠として引かれるようになります。
レビューの場を設ける
週に一度、短い時間でかまわないので、その週の回答をベテランと若手で見直す場を設けます。生成AIの下書きをベテランが直した箇所は、そのまま知識が言葉になった箇所です。直した理由を記録に戻しておくと、次からの下書きの質が上がります。若手にとっても、判断の仕方を具体的な事例で学べる機会になります。
聞き取りで残す
文書にも記録にも無い知識は、聞き取りで残します。「よく聞かれるが答えにくい質問」「過去に失敗した回答」「この設備ではここまでならできる、という目安」などを質問の形で用意し、ベテランに答えてもらいます。録音して文字起こしをし、要点を回答の記録と同じ形に整えれば、検索の対象に加えられます。担当者が辞める前に何を聞き取っておくかの考え方は、システム担当者の退職・引き継ぎの進め方が技術営業の引き継ぎにも参考になります。
効果の測り方
生成AIを入れたら、始める前と後で次の3つを比べます。始める前に1〜2か月分の数字を取っておくと、効果をはっきり示せます。
| 指標 | 測り方 | 見るポイント |
|---|---|---|
| 一次回答までの時間 | 問い合わせの受付から、最初の回答を返すまでの時間を記録します | 平均だけでなく、時間がかかった問い合わせの種類も見ます |
| 技術部門への確認件数 | 営業から技術部門に確認を頼んだ件数を、種類別に数えます | 件数が減ったか、確認の中身が判断の必要なものに絞られたかを見ます |
| 若手の対応件数 | 若手がベテランに頼らずに回答できた件数を数えます | 若手が担える種類が増えているかを見ます |
あわせて、回答の後に訂正を出した件数も記録しておくと、速くなった分だけ誤りが増えていないかを確かめられます。数字が良くならない場合は、生成AIの性能より先に、材料が残っているか、種類の分け方が合っているかを見直します。
実例:製造業の営業ナレッジ共有と提案準備の自動化
私たちが支援した製造業の企業では、営業ノウハウがベテランに偏り、メールや提案、商談の準備に時間がかかっていたため、メール返信の下書き、提案骨子の作成、商談前に必要な情報の整理を自動化し、ナレッジを全員が使える形にしました。その結果、若手も即戦力として動けるようになって提案の量と速度が上がり、ベテランは新規開拓に時間を使えるようになりました。
技術問い合わせへの回答も、この実例のメール返信の下書きや商談前の情報整理と同じく、「ベテランが頭の中で探して組み立てていた部分」を仕組みに移す取り組みです。ほかの取り組みの内容は支援実績でご覧いただけます。
顧客情報と図面の扱い
技術問い合わせには、顧客の社名や担当者名、顧客から預かった図面や仕様が含まれます。生成AIに入力する前に、次の点を社内で決めておきます。
- 入力したデータが学習に使われない設定や契約になっているか。 個人情報保護委員会の生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について(令和5年6月2日)は、個人データを含むプロンプトを入力する場合、そのデータが機械学習に使われないことなどを十分に確認するよう求めています。利用するサービスの利用規約やデータの取り扱いの説明を、公式の文書で確かめます。
- 顧客との取り決めに反しないか。 秘密保持契約で、預かった図面の利用範囲や第三者への提供が制限されていることがあります。社外のサービスに図面を渡してよいかは、契約の文言を確かめてから判断します。
- 誰がどの文書を検索できるか。 顧客ごと・部署ごとに見られる範囲を分け、担当外の顧客の図面が下書きに混ざらないようにします。
入力してよい情報と、してはいけない情報の線引きは、全社の生成AIの利用ルールとそろえておくと運用が楽になります。ルールの作り方は中小企業向けの生成AIの社内ルールの雛形で扱っています。
まとめ:技術営業のナレッジ共有は「答えの材料を残す」ことから
- 技術問い合わせの回答が遅れる・ぶれる主な理由は、答えの材料が人と散らばった資料にあること、過去の回答が残っていないこと、技術部門への確認待ちが重なることです。
- 問い合わせを仕様・材質、加工可否・公差、納期・ロット、過去のトラブル、競合比較の5種類に分け、生成AIは根拠付きの下書きまで、判断と約束は人が受け持ちます。
- 過去の回答の記録、文書の置き場所、回答テンプレートの3つを整えると、生成AIの下書きの質が上がります。
- 根拠を示せないときや今の状態で答えが変わるときは、技術部門へ回す流れをあらかじめ組み込みます。
- ベテランの知識は、回答の理由の一言、レビューの場、聞き取りで少しずつ残します。
- 効果は、一次回答までの時間、技術部門への確認件数、若手の対応件数で測ります。
技術問い合わせの種類の分け方や、社内文書を根拠に回答の下書きを作る仕組みづくりについては、AI開発の支援内容からご相談いただけます。
Related


